大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)256号 判決 1992年3月25日

原告 株式会社ダイエー

被告 星野智衛

主文

1  特許庁が、同庁昭和56年審判第19776号事件、同第19774号事件及び同第19736号事件について、平成3年9月5日にした各審決をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、第1類に属する化学品(他の類に属するものを除く)、薬剤及び医療補助品を指定商品とし、「DAIEI」の文字よりなる登録第1309214号商標(昭和42年4月4日出願、昭和52年11月7日登録。以下「本件商標1」という。)、「ダイエー」の文字よりなる登録第1309212号商標(昭和42年4月4日出願、昭和52年11月7日登録。以下「本件商標2」という。)及び「大栄」の文字よりなる登録第826714号商標(昭和42年3月3日出願、昭和44年7月23日登録。以下「本件商標3」という。)の各商標権者である。

原告は、昭和56年9月29日、本件各商標について不使用取消審判を請求したところ、特許庁は、本件商標1に係る請求を昭和56年審判第19776号事件とし、本件商標2に係る請求を同第19774号事件とし、本件商標3に係る請求を同第19736号事件として、それぞれ審理した上、平成3年9月5日、各事件について、いずれも「本件審判の請求を却下する。審判費用は請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本は、いずれも平成3年10月5日、原告に送達された。

2  本件各審決の理由の要点

商標法第50条に規定する商標登録の取り消しの審判を請求し得る者は、登録商標を取り消すための利益がある者によってのみ請求し得ると解するを相当とする。しかして、請求人が本件審判請求するにあたり、利害関係の根拠とした商標登録出願(商願昭56-40496号)は、すでに拒絶査定が確定しており、さらに、職権をもって調査したところ、利害関係の根拠となり得ると認められる商標登録出願(商願昭63-34067号)についてもすでに拒絶査定が確定していることを確認し得た。また、他に利害関係を明らかにすべき具体的事情も見出せないから、請求人は、本件審判を請求するについて法律上の利益を有しないものと判断するのが相当である。

してみれば、本件審判の請求は、利害関係を有しない者によりなされた不適法なものとなったものといわなければならないから、商標法第56条において準用する特許法第135条の規定により、これを却下すべきものとする。

3  本件各審決を取り消すべき事由

本件各審決は、商標法第50条の規定による登録商標の取消しを求めるために必要な利害関係を有する者についての解釈を誤り、本件各審判の請求が利害関係を有しない者によりなされた不適法なものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

(1)  商標法第50条の規定による登録商標の取消しを求めるために必要な利害関係は、自己の登録出願中の商標が該登録商標と類似し、指定商品が抵触するために、商標法第4条第1項第11号の規定により登録拒絶を受けるおそれがあれば足り、現実にその拒絶理由通知を受けることは必要ないと解されている。

しかるに、原告が出願し、本件審決が述べている商願昭56-40496号商標及び商願昭63-34067号は、いずれも、現に本件各商標が引用されて拒絶されているのであるから、原告が、商標法第50条の規定による登録商標の取消しを求めるために必要な利害関係があることはいうを俟たないところである。

したがって、もし本件審決のなされた時点において、原告にとり本件各商標の取消しを求めるために必要な利害関係が消滅しているものとすれば、それは原告が本件各商標とともに、これと連合する登録第403653号商標等のすべての連合登録商標を取得するとか、あるいはこれらの登録商標が存続期間満了等により総て消滅したとかいうように、本件各商標及びこれと類似する登録商標が原告以外の者によって所有されているという事実が消滅したか、そうでなければ、原告においてその商号の著名な略称で「ダイエー」の文字よりなり、本件各商標と類似する商標の取得の意思を放棄したというような事実が客観的に明らかとなった場合でなければならない。

(2)  原告が出願していた上記2つの商標について、本件各商標を引用した拒絶理由に対して原告が争わず、その結果拒絶査定が確定したことは、原告が本件各商標と類似し、原告の商号の著名な略称「ダイエー」と同一または類似の標章を、第1類に属する商品を指定商品とする商標として取得する意思を放棄したことを示すものではないことはもとよりである。

すなわち、原告は、スーパーの最大手会社であり、第29類、第30類、第31類、第32類、第33類に属する商品のほか、第1類に属する商品をも販売しているので、原告の商号の著名な略称である「ダイエー」の文字を商標としても使用する必要があり、したがってこれを商標として登録する必要があるため、本件各商標が連合する登録第403653号商標について、昭和42年8月20日に不使用取消審判を請求した。そして、これとともに、上記審判事件について結論が出るであろうと思われる時期を見計らい、上記商願昭56-40496号商標を出願したのである。

しかるに上記審判事件については未だに終結せず、上記出願後も既に10年を経過しており、その間2回目に出願した商願昭63-34067号についても拒絶査定を受けるに到った次第である。原告としてはこれに対して審判を請求して、本件各商標や登録第403653号商標が取り消されるまで出願の確定を延ばす方法もあったが、原告の商号の極めて著名な略称については、第1類に属する商品を指定商品とし、商標として、今後被告を含め、如何なる第三者によっても取得される可能性もあり得ないので、審判を請求する代りに、これらの被告の商標が総て取り消される見透しがついたところで、改めて出願するというこのような事件については普通に採用されている考え方によったものである。

そうだとすれば、原告の出願した前掲2つの商標登録出願が消滅したとしても、本件各商標と連合し、したがってこれと類似する上記登録第403653号商標について、原告が取消審判の請求を維持している限りは、たとえ上記2つの商標登録出願の拒絶査定が確定したとしても、登録第403653号商標より、更に原告の商号の著名な略称に類似する本件各商標について、原告が本件審判を請求するについて有する利害関係を消滅せしめたことにはならないことは自明のことである。

(3)  したがって原告は、本件各商標についてその取消を求めるために必要な利害関係を有するものである。

第3請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1及び2の事実並びに同3の事実のうち、原告が出願し、本件審決が述べている商願昭56-40496号商標及び商願昭63-34067号が、いずれも、本件各商標が引用されて拒絶されていることは認める。

2  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

(1)  不使用による商標登録取消審判(商標法第50条)というものは、当該商標登録自体に内在する本来的、根源的な瑕疵欠陥を原因として請求する商標登録無効審判(商標法第46条)とは異なり、商標登録自体には何ら本質的な瑕疵欠陥は存在しないが、商標権者等による登録商標の使用義務違反(一定期間の継続的不使用)という後発的かつ一時的な事由を取消請求原因とするものである。また、同法第51条の取消審判の場合と異なり、登録商標の不正使用に対する攻撃ではない。

不使用による取消審判は、不使用の登録商標を放置しておくことは、該登録商標と同一又は類似の商標の他人による使用を排斥して、その営業活動を阻害しているということにおいて、商標登録の制度の目的に背馳することになるから、請求により当該登録商標の商標登録を取消し、当該他人による同一又は類似の商標の登録取得並びにその使用を可能ならしめ、もって制度目的を達成させるという点において、間接的な公益性の一面を有していることは否定できない。

しかし、それはあくまでも当該登録商標と同一又は類似の商標の使用を企図する他人の私的利益を保護することを基礎とするものであって、公益的側面はその反射効として実現されるものとする制度である。

したがって、すでに登録要件についての厳正な審査を経て、適法に登録されている商標につき、その商標登録取消の審判を請求するについては、これを請求するための競業者としての個別・具体的、直接・現実的な法律上の利益を有していなければならない。

(2)  これを本件についてみるとき、原告は、審判請求理由として本件各商標を引用されて自己の商標登録出願につき拒絶理由の通知受けた事実ありと主張した。しかし、この取消審判の係属中、請求人(原告)のした商標登録出願は拒絶査定を受けた。しかも、この拒絶査定は、取消の手続きである審判の申立てもされることなく確定した。したがって、審判請求人である原告と審判被請求人である被告とは、すでに一切の利害関係を失い、審判請求事件は実質上は放棄されたものとして他の手続を講ずる必要はなしとして、審理終結を迎えたのである。

また、原告が、本件各商標と同一又は類似の標章をその商号として、大規模小売業を行っていることそれ自体は、本件不使用取消審判請求をするについての個別・具体的、直接・現実的な法律上の利害関係とはならない。

すなわち、原告が自己の小売業を行うについて、必ずしも本件各商標と同一又は類似の標章を商標として採択し、使用しなければならない法律上ないし事実上の必然性はなく、また本件各商標を取り消したからといって、そのことによって原告が直接且つ現実に法律上の利益を受けるというものでもない。特に、化学品等の如く、原告の営業と関係の希薄な分野についてこのことがいえる。

(3)  したがって、本件審決の結論は相当であるといわなければならない。

第4証拠<省略>

理由

1  請求の原因1及び2の事実(特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

(1)  商標の不使用取消審判請求における請求人の適格については、商標法には何らの規定も設けられていないが、同審判は、独立の職権を有する審判機関が司法手続に準ずる手続によって審理判断するものであり、請求人において不使用商標の取消しを求める法律上の利益を有しないときは、審判請求をすることができないというべきである。

したがって、請求人は、当該不使用商標の取消しにつき利害関係を有する者に限られるというべきであるが、この利害関係を有する者とは、当該不使用商標の登録が存在することによって直接不利益を被る関係にある者と解すべきであるから、登録出願した商標が当該登録商標と類似するとして、商標法第4条第1項第11号の規定により登録が拒絶された場合はもとよりのこと、登録出願中の商標が当該登録商標と類似し、指定商品が抵触するとして、同様登録拒絶を受けるおそれがある場合のほか、自己の使用する商標が当該登録商標に類似するとして当該商標権者から商標の使用差止めあるいは損害賠償等の請求を受けるおそれのある場合には、利害関係を有する者と解することができる。

(2)  これを本件についてみるに、原告が商標登録出願した商願昭56-40496号及び商願昭63-34067号は、いずれも本件各商標を引用して拒絶されたことは当事者間に争いがない上、成立に争いがない各事件の甲第2号証の1、弁論の全趣旨によって原本の存在と成立が認められる甲第3号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和42年7月1日、原告がその販売する商品について「ダイエー」なる商標を使用しているとの理由により、被告から被告が登録を受けた商標(本件各商標が連合し、旧第1類商標を含む)について商標権を侵害するものであるとの通告を受けたことが認められ、これらの事情からすれば、原告が本件各商標の不使用取消しを請求する利害関係を有していることは明らかである。

(3)  被告は、原告の主張する商標登録出願は拒絶査定を受けたにもかかわらず、審判の申立てもされることなく確定したのであり、審判請求人である原告と審判被請求人である被告とは、すでに一切の利害関係を失い、審判請求事件は実質上は放棄され、他の手続を講ずる必要はなしとして、審理終結をむかえたのである旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、原告がした商標登録出願は、いずれも本件各商標を引用して拒絶されており、しかも、原告は、被告から被告が登録を受けた本件各商標と連合する登録商標について商標権を侵害するものであるとの通告を受けているのであるから、本件各商標が存在し、原告において本件各商標と類似する商標の取得の意思を有している限り、原告がした商標出願が拒絶査定を受け、審判請求をしないままこれが確定したとしても、このことをもって原告が利害関係を有しなくなったとはいえない。

(4)  しかるに、本件審決が、原告が本件審判を請求するについての法律上の利害関係を有するものとは認められないとしたことは、請求人の資格についての判断を誤ったもので違法といわなければならない。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸 西田美昭 島田清次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例